漫画である意味がある漫画
■本当に面白い漫画を紹介してくれるサイトがない
http://d.hatena.ne.jp/furan/20070226/1172459247


普通に面白い漫画を薦める良質なサイトは真面目だからこそ表に出てこず埋もれているというか。現在は笑いが取れたり受けが取れたりするレビューサイトをニュースサイトが取り上げる→そういうレビューサイトが量産という流れだからなぁ。視聴率優先のTV業界見てるみたいだ。


ここ最近漫画紹介サイトやブログで取り上げられる作品が、萌えに偏った異様な盛り上がりや話題性を重視しているのではないかという危惧。このエントリを読んで確かにそうかもしれないと考えさせられた。自分が良く参考にしているサイトはゴルゴ31OHPマンガがあればいーのだ。たまごまごごはんどらみそら。等なのだが、確かに「皇国の守護者」「ヴィンランド・サガ」などの硬派な漫画よりかは「みつどもえ」「ぺんぎん娘」「こどものじかん」といった新鋭萌え漫画のほうに偏っている感じはする。というよりそっちのほうが記事にしていて明らかに生き生きとしていて楽しそうだし、読んでいて面白い物が多い(あくまで全体的な印象)。もちろん選ぶ人が面白いと思った漫画を純粋に選んでいる事は間違ったことではないし、萌えとかエロは漫画の本質ではないなんてことは言い切れない。しかしfuranさんの警鐘も無視できるものではない。エントリのコメントでhpさんが言っている部分をそのまま引用するが、「漫画の中のたかが一要素であるはずの萌え部分ばかりが着目される風潮になっていて、それ以外も含めた全体や本来の核心部分、もっと言うならその漫画の「本質」を捉えようと努力するレビューサイトがなくなりつつあること」は危機だろう。
じゃあ漫画の「本質」とはなんだろうか。これは非常に難しい問題だが、語るべき漫画の内容が偏っていては捉えられないのは確かだ。furanさんの言うように「ネームの上手さやストーリー展開の巧みさや伏線の張り方とその回収の素晴らしさとかをしっかりと見る」事も難しいし重要だ。だがそれ以上に重要な視点として、漫画を数ある表現媒体のうちのひとつとして考える事が重要なんじゃないだろうか。
漫画で重要なのはネーム、物語、キャラの魅力など様々だが漫画だけで重要なことは意外と少ない。「ストーリーの魅力」で言うなら漫画や映画や小説でもそれなりに共通する部分は多い。ただ漫画は「紙」であり「ページ」であり「コマ」である。こんな当たり前のことが重要だと思うし、あまり語られてないとも思う。「話が面白い」とか「キャラがかわいい」という感想も重要だけど、「この絵でこのコマ運びだから素晴らしい」とか「このページのキャラは絶対映画では表現できない」という感想も重要だ。それが自分の知る限りではあまりなされていない。出版された著作物では伊藤剛さんのテヅカ・イズ・デッドがかなり表現論を進めたが、webではまだ少ない印象がある。

とここまで言って具体例がないのもあれなので「皇国の守護者」の感想や考察を書こうと思う。

 この作品は「架空世界における”リアル”な戦争の物語」であり「正統的王道マンガ」(STUDIO VOICE Vol6伊藤悠インタビューから引用)というのが一般的な認識だ。物語の概要を知るには原作の小説の解説がおそらく適している。この漫画で何より印象的なのは戦闘シーンの見開きの見せ方だ。何度も起こる帝国と皇国(主人公新城直衛(しんじょう なおえ) の率いる隊)のぶつかり合い。これの見せ方が非常に秀逸で、帝国群側の兵たちと皇国軍側の兵と猫(とよばれる虎)のそれぞれの塊がぶつかり合い進軍していく方向が、実際に漫画を読んでいる読者のページの「めくり」とうまくリンクしていて、異様な高揚感が表現されている。日本の漫画はだいたい右から左に読み進める。だから左向きの登場人物が左へ進んでいくと読み手も左に読み進んでいくからその人物に感情移入がしやすい、という漫画独自の表現特性がある。その逆に右向きの登場人物が右に進んでいくと読み手の進行方向と逆になるので心理的に圧されるような効果がある(これについては2006年一月号の「ユリイカ」の「漫画批評の最前線」特集内のp204「視線力学の基礎」でイズミノウユキさんが「魔法先生ネギま!」を例に詳しく書いている)。
「皇国の守護者」は帝国の圧倒的な兵力や数では劣るが新城直衛の崩壊寸前にまでに歪んだ精神からくる狂気の戦略、またそれが伝染した皇国軍の勢いなどが見開きで遺憾なく表現されている。読み手の進む右から左というベクトルに対して帝国軍は真っ向からぶつかってくる。対して皇国軍は読み手に同期して左へ一直線、両軍がぶつかり合う。かと思えば新城直衛が正義と偽善の狭間で狂気を起こして破竹の勢いで帝国を撃つシーンなどは読み手の方向の逆に迫ってくる時もあり、読者を圧迫させる。方向が、両軍の戦局に呼応するかのように右往左往する。これら戦闘シーンは濃密に両軍共に戦略が練られた上で勃発するのが常なのだが、戦略シーンでは小さめのコマと多めの文章で物語が語られていく割合が多いので(しかも割りと長い)、その分見開き戦闘シーンにおける両軍の迫力、方向の衝突の迫力が堰を切ったかのようにすさまじいものになりうるのだ。単行本、特に一巻四巻の表紙絵もこの方向性を志向しているのではないかというのはかんぐりすぎだろうか。
この作品は「”リアル”な戦争の物語」が描かれている。そしてそれは帝国軍と皇軍と読者の進行方向が合わさって効果的に成立するきわめて漫画的な要素によって支えられているんじゃないだろか。
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■かなり視線力学に寄りかかったコマ重視の文章になってしまいましたが、僕は個人的に「みつどもえ」と「こどものじかん」などの漫画にも傾倒しているし、「ドキドキ対決、先手オレ!」もかさずチェックしているような人間なので、「表現論批評が神で萌え重視わっしょいは糞」とかは全然考えてません。ただ漫画の捉え方の割合としてこういうのももっと多いといいなあと思って長々と書いてしまいました。もし誰かがここまで読んでくれていたらとても嬉しいので、率直な感想をもらえたら何よりです。

フラン☆Skin


■iPhoneのCMが、歴代の映画の電話に出て「Hello」と応答するシーンをつなぎ合わせて構成されていて素敵に懐かしくなる。見たことのない映画ばっかりなのに、なんでだろう。
http://www.apple.com/iphone/hello/
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by umelabo | 2007-02-28 03:37
<< 臨界融合周波数という響き うつくしいきれいかっこいいすばらしい >>


梅ラボ(http://umelabo.info/)のブログ跡地 現行はhttp://d.hatena.ne.jp/umelabo/
by umelabo
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