漫画の網膜残像はあるんだろうか
■漫画批評における、視点をめぐる諸問題

「主観ショット」という映画用語がある。また、漫画論の世界では「同一化技法」という言葉がある。

 主観ショットとは、Point of View(視点)ショットとも呼ばれ、略して「POVショット」もしくは単に「POV」とも呼ばれている。カメラが映す映像を「登場人物の視点から撮影したもの」として見立て、登場人物の視線の向きを、観客の視線とほぼ一致させることのできるカメラワークを指す。そして主観ショットの効果を生み出すような演出は、(登場人物と観客の視線を同一にすることから)「同一化させる」などと説明される。
(略)
映画における主観ショットには、「完全に視線が一致しなければならない」という厳密なルールは存在しない。例えば、精確な「カメラ目線」でない視線であっても、視点人物と被写体人物が「見つめ合っている」ような効果は充分に生み出すことができる。その程度の不一致は、誤差の範囲として許容されるのだ(単純に考えてみても、カメラを役者の頭部と「全く同じ位置」に据えて撮影する、ということ自体が困難なのだから、至極当然ではあるのだが)。


これは映画をつくる人間にとってはあたりまえのことなんだろうけど、確かにそうなんだなあと思い出したように納得してしまった。映画や漫画で、ある人物の視点と同一化したフレームやコマがあっても、そこにその人物自身の鼻頭は映らない。人間の視界は多少の差はあれど常に自分の鼻頭が見えているのにも関らず。そりゃいちいちそこまで細かく登場人物の視界を再現していたらきりがないし、そこを省略するのは当たり前だ。むしろ再現する際の省略が鑑賞者の視線の誘導に有効な場合の方が多いし、画面にずっと鼻頭が映っていたら気になって仕方ない。現実の視界とカメラで写し撮る視界の差をどれだけ離れさせるのか、縮めるのかの判断は直接映画の完成度に関係する重要な要素だ。

イズミノユウキさんの「漫画批評における、視点をめぐる諸問題」の中では、その視界の差が漫画においてはどのように読み手の意識と関わってくるかが書かれていて、映像を学ぶ者で漫画が好きだったら間違いなく読んでおいたほうがいい文章だと感じ入ってしまった。漫画だから表現できる視界と映像だから表現できる視界があって、それが明快に言語化されている。「テズカ・イズ・デッド」を踏まえた上でもう一歩踏み込んだ内容。他のコメント欄でも言われてる方がいましたが、「技術論」を最後に避ける姿勢も表現者としてぐっと来ます。
映像がなぜ動いて見えるのかという事は理論的にほぼ解明されていると言っていいんだろうけど、漫画がなぜ読めるのかはまだ謎が多くって、だから魅力的だと思うんだけど、その謎の一端が解明されたような漫画の本質を貫くような発見や考えというのはそれだけで美しく、表現であるように感じられる。優れた漫画が出現するのに比例してるかのように優れた文章が出てくる、この流れが他の表現にも影響すれば良いなあ。

バキが例の「視点人物の内なる印象」はCGでやろうと思えばできるんだろうけど、漫画はこの種の歪み表現をフレーム自体にまで影響できるかのが強みだろう。絵ってすごい。

リクィド・ファイアより

■網膜残像に非ず

人の目に映された像は,ごく短い間「残像」として網膜の上に残る。この「網膜残像効果」によって,コマとコマとの間が滑らかに補われ,実際の物の動きのように知覚される

という説明は間違った映像の仕組みで、1秒24コマの静止画が「動く映像」へと変わるカラクリは一言でとても説明できるものではないという文章。すっかり気軽に扱えるようになったけど、やはり映像も謎だらけだ。

Radium Softwareより

■週刊少年ジャンプ 2007.15号
どれも的確な感想だ…
今週のジャンプも良かったです。うさぎは順調だしネウロはキテるし。ネウロ、「宮崎駿」をロリコンモチーフにしたキャラだったとは気付かなかった。通常キャラがこんなんだったら犯人はどんなだよ。小学生は絶対準レギュラーキャラになる。P2は明らかにきれいに終わろうとしている流れで悲しくなった。

有無

■無機物パーツと少女達~ヘッドフォンの美学~
異なる異質なものを組み合わる表現というのはわりと基本的な気がするけど、ヘッドフォンと少女というのは日常に溢れていながらや柔らかさと堅さ、軽さと重さという分かりやすい対比を含んでいてさらに「空間を遮断する」という、つけるにしてもはずすにしてもいかにも物語が発生しそうな動作を含んでいる所にその魅力がある気がする。iPodとかよりMDもしくはCDウォークマンのほうが機械っぽい素朴さがあってヘッドフォン美学には似合うかも。カセットテーププレイヤーまでいくとかなりクラシカルでグッドだ。ラジカセ持ち歩くとかはやりすぎで、明らかにクール。

たまごまごより

■クレヨンしんちゃんと愉快な仲間達

クレヨンしんちゃん好きなら間違いなく楽しめる!これはいい。ハルヒとしんのすけのからみがナチュラルすぎてすごい。二人とも常人離れしたものを持っている点では共通してるかも。両方京都アニメーションが関係しているというのも重要だ。きっと。

しんのすけって恵まれてるよな

下の方で指摘されている

野原しんのすけ
両津勘吉
よつばとのよつば
のびた
ダイの大冒険のポップ

・この五人は不幸せになるイメージするのがむずかしい
・共通点は「やる時はやる人間であること」と「運がいい」と「人を寄せ付ける魅力や面白さ」がある事


という事項にキャラクターの魅力の本質的な部分がちょっと見えた。
しかし普段ふざけてアホやっているのに友人がまいっている時のサインを見逃さずに帰り道途中まで送っていこうかと自然に言えるしんのすけの昼行灯っぷりはかっこよすぎる。


■物言わぬ主人公のお話。 RPG考察モドキ
小学生のとき兄がクロノトリガーをプレイしてたときクロノの事を「むくち」と名づけていたのを思い出しました。ドラクエ1から3は主人公がまったくと言っていいほど喋らないのに、伝説の勇者たちはそれぞれのプレイヤーの脳内でどれほど雄弁だったか。

■木多康昭トークライブ_まとめ

■日本の少年漫画家のデビュー作に、ありがちな王道プロット
考えた上に、描いた!王道でも料理の仕方によって面白さは変わってくると思います。

■激動の時代をとらえた13枚の写真

駐車違反になったワイヤーフレームの車

CryENGINE2.0の3DCGと実際の風景写真とを比較する画像

Mr Toledano 「VIDEO GAMERS」

GIGAZINEより


■Babyart

■ここ数日で同窓会もどきのようなことを連続でやって自分の立ち位置を確認したようなしてないような。どうでも良いけど素晴らしい時間、それはとっても重要で、今日もそんな時間に溢れていたんだけど、なんと中古屋でwiiを見つけた。ありがとうアトム国分寺店…
ちょっとやってみただけだけど、明らかに今までのゲーム機とは違う部分で面白い所が多くて、その魅力を手に入れてようやく確認できた。ただの棒なのに、見方を変えるだけで様々なものになる。見立てだこれは。うわークリエイティブだなあ。はやく大人数でやりたい。ワリオをとりあえず買ったんだけど、wiiスポーツやゼルダはやはり抑えておくべきなんだろうか。

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by umelabo | 2007-03-15 03:34
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