老若にゃんこ
■水戸に行って来た。

夏への扉 -- マイクロポップの時代

水戸芸術館

ポップ・アート 1960’s → 2000’s
茨城県立近代美術館

の二つを見てきた。
同じポップでも概要は大きく異なる。「マイクロポップ」は美術評論家の松井みどりさんが現代見術に対して意識的な定義と獲得を進行している過程である概念、コンセプトであって非常に今っぽいのに対して「ポップアート」のほうは1960年代のアメリカで起こった過去の運動や既存の芸術に数えられてしまってもおかしくないような偉大な反社会的であった作品から今の運動に至るまでをざっと俯瞰しているようなややアカデミックとも言える展示で、性質が違うといえば性質が違う。

マイクロポップという概念の定義はまたなかなか曖昧なのだけど、「世界がグローバルになったり資本主義で物がいっぱい動いたりテロが起きている傍らで、日常の取るに足らない出来事を再構成してくだらないっぽい事象に潜む美を見い出し、人と物が新たな関係性を結び意味を得る文脈を作り出していく運動」と要約してなんとなく理解することができる。東浩紀的に言うならば「権威を失いかけている大きな物語に対する、小さな物語群たちのささやかだが確実な抵抗」だろうか。
身近な取るに足らないものがモチーフになっているので、その辺のゴミとか落書きが作品になっていたりして「わかわからん美術」という印象を受けやすい作品が多かった。だからこそ多くの人に見てもらう意味があったのだろう。色んな権威が瓦解しかけている今の世で身近の確かなものに眼を向けるのは重要な事だし、何より自分の今やっている事(ネット上の卑猥な画像や日常のデジタル画像などをモチーフにして毛髪やセロハンでコラージュ、ドローイング)も色々当てはまりすぎて複雑な気分だ。イメージフェノメナンも映像を用いたマイクロポップ的な発想ととらえてもおかしくないかもしれない。こうした諸概念は現在進行形の表現行為すべてを覆ってなおかつ説得力があったりするから逆に疑いの目を持ってしまう。妄信するのが怖い。ただ思考の手がかりになる。

何が良かったって大好きな國方真秀未(くにかたまほみ)の生の作品が見られたのが一番良かった。國方真秀未の作品はまるで少年漫画の絵を真似して描いた下手糞な女子中学生の落書きのようで、美少年とされている漫画的なキャラクターから内臓がよく飛び出てたりする絵が多い。はっきりいって女子中学生の落書きと大差ないといえば大差ない。冗談みたいに雑なボールペンの線や二回目の平面構成のような塗りむらのあるアクリルガッシュがどばどば画面を埋め尽くしている。それがなんで作品として作家として成り立っているのかというと可愛さやグロさにたいする異様な執着心や、あとうまく言えないけど圧倒的な「自信」だろうか。見ている側は多くの人が「こんなんでいいのか?」と思って見てるだろうけど多分國方真秀未本人はそんなの意に介さず「これだ」と確信して(そりゃ迷ったりもするだろうけど)やっている気がする。少なくとも脆弱な描線とは裏腹に強力な力が作品のあちこちから感じられて立ち尽くして見入ってしまった。おそらく自分の琴線に触れる部分が多いのだと思う。火で体が燃えるのではなく「溶ける」発想とかはやっぱり普通ではない。憎いわ。

「ポップ・アート 1960’s → 2000’s」のほうはマイクロポップのついでにというノリだったのだけどこれがまた非常に良かった。リキテンシュタインやウォーホルといった巨匠の生の作品(複製)ももちろん確認の意味で良かったが同時代のアメリカのポップアートの意思を引き継いだ作家の思想や手法がマイクロポップとはまた別に色々と自分とリンクして思わぬ収穫。
気になった作家を挙げると雑誌をスキャンして得られた建物のイメージを絵画で再構成するケヴィン・アベル、子供の絵やトイレの落書きや精神病患者の絵、古いコミック、中華料理屋の紙ナプキンなどのイメージをスケッチしてストックしたものを構成し描くドナルド・バチェラー、写真をスキャナーで色分割してオフセット印刷と同じ順番で描いたりするチャック・クロース、紀元前の中国の布のパターンをプロジェクターで投影しトレースして描くジュリアン・レスブリッジ、レンブラントなどの名画をチョコレーやトインクなど壊れやすい素材で模写し、撮影するヴィック・ムーニーズなど手法だけ聞いても多彩で面白い人たちばかりだ。複雑な家庭を経た結果生まれた作品郡はどれもシンプルにかっこいいものが多かった。わけわからんのもあったけど、色々考えて作ったんだろうなあと思うと愛着も沸いたりする。
90年代以降の作品群の展示スペースにあった解説の「60年代のポップアートは高尚と思われていた芸術とサブカルチャー(大衆文化)の垣根をなくしましたが、90年代以降のアートはその対立が無効になっている地点から出発し、なお芸術であることを目指しているようです」というのは直接われわれに降りかかる言葉な気がした。


水戸には一泊したんだけど意外なほどに普通の街だったなあ…
初めて泊まったビジネスホテルのペイチャンネルで幽々白書がやってたので見入ってしまった。今見るとボーボボ並みのテンションの高さだ。ただしビュティ(つっこみ)がいない。あとさり気に立ち寄ったゲーセンのBMⅡDXの交換ノートが國方真秀未ばりの痛キャラ絵と交流で溢れていてすごかった。水戸黄門のラーメンと納豆と栗饅頭を買って帰る。

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カタログ、買う価値あります。
マイクロポップの時代:夏への扉マイクロポップの時代:夏への扉
松井 みどり



■「ヘンリー・ダーガー 少女たちの戦いの物語ー夢の楽園」 を見てきた。
原美術館にて。
あと60日くらいで終了だそうです。
生の作品が日本で見れて嬉しかったです。
彼が自分の作品を、自分以外の人間の眼に触れるのを嫌がったという話を斉藤環の「戦闘美少女の精神分析」で読んだのだが、今回の展示ではそういったことには一切触れられず、ヘンリー・ダーガーの無垢な作家性がどちらかというと偉大なものとして取り上げられていたので少し引っかかるところがあった。しかし自分だってダーガーの作品が見たくて来たのだし、見れて良かったと思っているから文句は言えない。
単純作業と執拗な愛情の関係は深い。彼は他の何にも目をくれず少女達の物語をつむぐことだけが人生の楽しみだったんだろう。それってとっても豊かなことなんじゃないかなと思う。うらやましくさえ思う。

ヘンリー・ダーガー 非現実の王国でヘンリー・ダーガー 非現実の王国で

A Page About Henry Darger
http://acer-access.com/~darger@acer-access.com/


■森美術館-日本美術が笑うを見た。

「土面」がやばかった。

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馬も目がやばい。どうやばいかって、かわいいってレベルじゃない。なんかちょっと変で問答無用にキャラ的に可愛い。埴輪の表情はやばいな。
あと絵巻物をハイビジョン映像でスクロールさせて見せる展示方法が非常に興味深かったです。普通に漫画みたいに読める。「放屁絵巻物語」とかいうやつのえげつない下品な軽薄な笑いが昔っからあったんかと思うと安心します。中年の女性がみて「これはあれよスカトロジーとかいう芸術なのよ」と喋っていた。
盛りだくさんでした。

■これも前に終わってしまいましたが。福居伸宏さんの参加した展示
「記憶の位相 - Aspects of Memory」を見てきました。
デジタルとウェブに対して非常に明確な視線を持っている方で、個人的に夜間長時間とか好きなのもあってとても気にしている作家の人です。デジタル写真というともろく儚いデータというイメージがとかく付きまとって実際僕もそう思っているからテーマにしたがるんだけど、福居さんの作品は前回と同じく写真が作品としてかっちりアクリルプリント(?)上に存在していて、「もの」感がむしろ強い感じでした。視線の高さや建物のもつラインとフレームをもつラインなどを確実に意識しているゆえの展示時の凛とした全体感や、インタビューから伺える撮影時やセレクト時の意識の高さなど色んなところから作家らしい真面目くささみたいな空気が漂っていて、かっこいいのです。

「Every Sunday」
web写真界隈のインタビュー

あとこの方はブログが非常に情報の密度が高く、かつ面白いです。
「Ubungsplatz[練習場]」

6/24までトーキョーワンダーサイトで展示に参加してらっしゃるようで。過活動だ。

「東京画 - ささやかなワタシのニチジョウのフーケイ」展


■荒木飛呂彦のコマ割りの原理 - あなたは今どんな姿勢でモニターを見ているのか?
ジョジョのコマ割を「カリガリ博士」と比較したりしながら論じている素晴らしい文章。ジョジョ好き、映画好きなら時間を惜しまずに絶対読むべき論。「荒木割り」とかDIOと漫画表現自体をからめた変な文体だ。

ニコニコ動画を初めて見たのは去年の今頃だったか?もうちょっと最近か?ひろゆき(2chの管理人)がまた何か面白いことはじめたなーくらいにしか思っていなかったんだけど、最近アカウントが回ってきたのをきっかけに非常に沢山の時間をかけて見ている。10時間や20時間、そういう単位で見ている。これは明らかに無駄な時間だと思われる。
視覚と聴覚の快楽が赴くままに映像がほいほいと区切られ流出し混ぜられ見られる。ニコニコ動画何が面白いのかと聞かれて説明すると、面白い映像を簡単に関係ない人達の勝手なコメントと共に完全に同時に見られる0秒チャージの共感による「うんうん」な感じ、もしくは自分とは真逆にあるような思考の持ち主のコメントを見て「は?」と思う意外な感じ、とか笑い、反発心など超簡易的な心の動き、感動が無数の人の気配と共に同時に感じられる変に遠く心地よい快楽が常に簡単に手に入るからだ。しかしそこで実際流れている映像自体の内容の面白さを、知らない人に説明するのはかなり困難だ。「バーチャファイターが登場した時代に出現した異色老人格闘ゲームのシリーズのステージの背景キャラがうさんくさい陰陽師でそいつが主役になってなぜか全身3Dでノリノリで踊っている映像」とか「同人シューティーングゲームのサウンドトラックに入っている曲のPV」とかを知らない人にどう簡潔に説明すれば良いのかさっぱりわからない。でもその映像を見ているだけで脳や眼がおかしく感じられる程快楽を得られるのはなぜなのか、無数に右から左へと流れ映像を覆いつくす原色の言葉や記号群がくだらなさや無駄な時間の労力に対する呆れを通り越して愛しいまでの美しさを放つのはなぜなんだ。これほどくだらなく頼りない記号の海にしかリアリティが感じられないのはなぜなんだか。無駄な時間を消費していることの言い訳のようになってしまうが、コピーにコピーを重ねて作られた映像でもこれだけ感動を(すぐ消えるけど)毎夜10万人単位で与えているというのはポストモダンや脱構築を唱える以前にまず無視ができない。

■ネットカフェから頭部を運ぶ
あーもう

■造形映画祭おもしろかった
黒坂さんといっぱい話した

■苺ましまろ 美羽の横っ腹問題
アフター0 身体と心の問題について 永井均を参考に
神戸在住 「心の災害」を表現する木村紺の線
草の上の朝食
白のふわふわ
はいぱーぽりす
ちまちま
モンスターハンターサキ
あずまんがリサイクル
リバーズエッジ
ロックマン&フォルテをクリアした
げきむさ感想
ユリイカ ギャグマンガ大行進 大阪は「ぼのぼの」やねん。 伊藤剛
ゲーム的リアリズム 感想
キャラクター小説の書き方 大塚英志の文体の魅力
コズミック 読み途中 

■見たもの読んだもの全部の感想書いていたらきりがないけど一旦文章にしてまとめないとどうもうまくいかない。
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by umelabo | 2007-05-16 08:36
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梅ラボ(http://umelabo.info/)のブログ跡地 現行はhttp://d.hatena.ne.jp/umelabo/
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