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真っ当に完璧な瞬間
■グレゴリー・コルベール『Ashes and Snow』
2007.3.11~6.24
りんかい線東京テレポート駅のすぐ前

先日行ってきた。カナダ出身のアーティストグレゴリー・コルベールによる超大型写真&映像&建築&インスタレーションの展示。

このAshes and Snowというプロジェクトはニューヨークやロサンゼルスを転々と移動して開かれ、そのたびに現地で美術館が建てられる。ノマディック(遊牧)美術館という名前は正にそのまま。60分の長編映像と2本の短編映像はそれぞれに超巨大スクリーンと超高性能プロジェクターが使用されていて、高さ17メートルにも及ぶ巨大空間を豊潤な光で満たしていた。

鷹や像などの動物と人間がモチーフになって構成されている写真群はどれも恐ろしく完成度が高く、特に構図が厳密に決められていて、人間の頭上を鷹が両翼を広げて飛翔している写真なんかはこの一瞬の為にどれだけ膨大な労力と時間と人がかけられているのかと想像するだけでくらくらした。

自然と人間をテーマにしたこれらの写真はどれも圧倒的な作品としての強度を持っている。少しもわざとらしくなく、そこに配置された生き物の時間がそのまま濃縮されて存在しているかのようで、手漉きの和紙に焼き付けられたセピア調のイメージは程よく高すぎない解像度と豊かな階調のおかげで写真だか絵画だかCGだか最早わからない。けど実際にはレンズを通したままの記録写真で、突き詰められたイメージであることの何よりの証左をがっちりと保有している。解説が一切ないから鑑賞者が想像できる余地もある。作品自体がそこで完結してしまう危険性も回避している。空間も照明もつけいる隙がなく、テーマも見せ方も申し分ない。真っ当すぎる表現で正直白けてしまったぐらい。

ある種表現されつくされた真っ当なテーマだからこそこれほど規模がでかく完成度の高いものができたのだろうと思う。これから表現されていくもの、されるべきものは当然まだあまり表現されていないものだから、こういった偉大なプロジェクトに世の中が目を向くのと同時にその対岸にある事にも目が向けられて欲しいと思った。それを言葉にするとやっぱり「実験」とか「サブカルチャー」とかになってしまうんだろうか。

Ashes and Snow


「旅する感動の美術館 -ashes and snow-」


グレゴリー・コルベール氏の「灰と雪」

敬愛する写真家 グレゴリー・コルベール


象や自然写真が好きな人なら絶対行って損はないです。
映像観賞用に座布団とか持って行ってもいいくらい館内が寒いので注意。

■web写真界隈
東京的日乗──相馬泰


オーディオの世界では、その時代に録音された音源はその時代の再生機器で聴くのがベストだという説があって、たとえば50年代に録音されたジャズのレコードは、その時代のアンプとスピーカーで聴くのが一番いいんだ、というわけだね。この喩えで言うなら、写真もその時代に開発されたカメラとレンズで撮るのがいいんじゃないか、とも思える。今のこの時代の街をビビッドに撮るにはデジタルがより適しているもしれない。

今の時代に今のツールを使うというのはごく自然な発想で、そうじゃないことをするのはそれなりの理由がないと表現は自立しない、そういう当たり前のことを考えている人が美大にどれだけいるだろうか。

■国内最大規模の広告賞「宣伝会議賞」 受賞一覧
どれも素敵すぎる…切り捨てられそぎ落とされた結果選ばれた簡潔な言葉だからこそ想像力を揺さぶるんでしょうね。


おめでとうございます。


■『エイリアン9』論 伊藤剛

■漫画における、キャラの思考のレイヤー

■突っ走るぅううううーーーー!!! 「ジョジョ」20年の冒険

■【ゲームハード販売台数、ハード別ソフト販売割合】 集計期間:2007年2月26日 ~2007年3月4日
DSの人気は圧倒的…
wiiは思っていたよりPS3を突き放していないのか。


■コーエー:「ドラクエ、FF超える」新作RPG「オプーナ」発表 堀井さんもエール
コーエーがドラクエとFFを越えるゲームを作ったら驚きです。wiiの操作性を完全に生かしきったゲームがはやく出てほしい。

■「TVでWebコンテンツを見る」ということ
お茶の間がwebに繋がるっていうのは素敵な発想ですよね、wii。ちょっとチャンネルを変える感覚で検索をするって感じ?兄弟の間でチャンネル争いならぬグーグル争いとかが起こったり。

■岩盤をくりぬいて作ったストックホルムの地下鉄駅

どれだけの資源やモノが使われているのか視覚的にわかりやすい画像

150倍速、4GBのSDHC対応microSDカードが4月発売

全キートップが有機ELディスプレイのキーボード「Optimus Maximus」の実物写真
キーボードの文字が全部映像で表示されるというなんとも無駄に贅沢なキーボード。記号が映像で映像が記号で、なんだかもうよくわからない。

人類の進化を1枚の画像にしてみる
生と死と性がふんだんに盛り込まれた縦261ピクセル、横15941ピクセルの画像。こういうおもしろいものがでてくるからネットっていい。

GIGAZINEより


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by umelabo | 2007-03-18 07:46
漫画の網膜残像はあるんだろうか
■漫画批評における、視点をめぐる諸問題

「主観ショット」という映画用語がある。また、漫画論の世界では「同一化技法」という言葉がある。

 主観ショットとは、Point of View(視点)ショットとも呼ばれ、略して「POVショット」もしくは単に「POV」とも呼ばれている。カメラが映す映像を「登場人物の視点から撮影したもの」として見立て、登場人物の視線の向きを、観客の視線とほぼ一致させることのできるカメラワークを指す。そして主観ショットの効果を生み出すような演出は、(登場人物と観客の視線を同一にすることから)「同一化させる」などと説明される。
(略)
映画における主観ショットには、「完全に視線が一致しなければならない」という厳密なルールは存在しない。例えば、精確な「カメラ目線」でない視線であっても、視点人物と被写体人物が「見つめ合っている」ような効果は充分に生み出すことができる。その程度の不一致は、誤差の範囲として許容されるのだ(単純に考えてみても、カメラを役者の頭部と「全く同じ位置」に据えて撮影する、ということ自体が困難なのだから、至極当然ではあるのだが)。


これは映画をつくる人間にとってはあたりまえのことなんだろうけど、確かにそうなんだなあと思い出したように納得してしまった。映画や漫画で、ある人物の視点と同一化したフレームやコマがあっても、そこにその人物自身の鼻頭は映らない。人間の視界は多少の差はあれど常に自分の鼻頭が見えているのにも関らず。そりゃいちいちそこまで細かく登場人物の視界を再現していたらきりがないし、そこを省略するのは当たり前だ。むしろ再現する際の省略が鑑賞者の視線の誘導に有効な場合の方が多いし、画面にずっと鼻頭が映っていたら気になって仕方ない。現実の視界とカメラで写し撮る視界の差をどれだけ離れさせるのか、縮めるのかの判断は直接映画の完成度に関係する重要な要素だ。

イズミノユウキさんの「漫画批評における、視点をめぐる諸問題」の中では、その視界の差が漫画においてはどのように読み手の意識と関わってくるかが書かれていて、映像を学ぶ者で漫画が好きだったら間違いなく読んでおいたほうがいい文章だと感じ入ってしまった。漫画だから表現できる視界と映像だから表現できる視界があって、それが明快に言語化されている。「テズカ・イズ・デッド」を踏まえた上でもう一歩踏み込んだ内容。他のコメント欄でも言われてる方がいましたが、「技術論」を最後に避ける姿勢も表現者としてぐっと来ます。
映像がなぜ動いて見えるのかという事は理論的にほぼ解明されていると言っていいんだろうけど、漫画がなぜ読めるのかはまだ謎が多くって、だから魅力的だと思うんだけど、その謎の一端が解明されたような漫画の本質を貫くような発見や考えというのはそれだけで美しく、表現であるように感じられる。優れた漫画が出現するのに比例してるかのように優れた文章が出てくる、この流れが他の表現にも影響すれば良いなあ。

バキが例の「視点人物の内なる印象」はCGでやろうと思えばできるんだろうけど、漫画はこの種の歪み表現をフレーム自体にまで影響できるかのが強みだろう。絵ってすごい。

リクィド・ファイアより

■網膜残像に非ず

人の目に映された像は,ごく短い間「残像」として網膜の上に残る。この「網膜残像効果」によって,コマとコマとの間が滑らかに補われ,実際の物の動きのように知覚される

という説明は間違った映像の仕組みで、1秒24コマの静止画が「動く映像」へと変わるカラクリは一言でとても説明できるものではないという文章。すっかり気軽に扱えるようになったけど、やはり映像も謎だらけだ。

Radium Softwareより

■週刊少年ジャンプ 2007.15号
どれも的確な感想だ…
今週のジャンプも良かったです。うさぎは順調だしネウロはキテるし。ネウロ、「宮崎駿」をロリコンモチーフにしたキャラだったとは気付かなかった。通常キャラがこんなんだったら犯人はどんなだよ。小学生は絶対準レギュラーキャラになる。P2は明らかにきれいに終わろうとしている流れで悲しくなった。

有無

■無機物パーツと少女達~ヘッドフォンの美学~
異なる異質なものを組み合わる表現というのはわりと基本的な気がするけど、ヘッドフォンと少女というのは日常に溢れていながらや柔らかさと堅さ、軽さと重さという分かりやすい対比を含んでいてさらに「空間を遮断する」という、つけるにしてもはずすにしてもいかにも物語が発生しそうな動作を含んでいる所にその魅力がある気がする。iPodとかよりMDもしくはCDウォークマンのほうが機械っぽい素朴さがあってヘッドフォン美学には似合うかも。カセットテーププレイヤーまでいくとかなりクラシカルでグッドだ。ラジカセ持ち歩くとかはやりすぎで、明らかにクール。

たまごまごより

■クレヨンしんちゃんと愉快な仲間達

クレヨンしんちゃん好きなら間違いなく楽しめる!これはいい。ハルヒとしんのすけのからみがナチュラルすぎてすごい。二人とも常人離れしたものを持っている点では共通してるかも。両方京都アニメーションが関係しているというのも重要だ。きっと。

しんのすけって恵まれてるよな

下の方で指摘されている

野原しんのすけ
両津勘吉
よつばとのよつば
のびた
ダイの大冒険のポップ

・この五人は不幸せになるイメージするのがむずかしい
・共通点は「やる時はやる人間であること」と「運がいい」と「人を寄せ付ける魅力や面白さ」がある事


という事項にキャラクターの魅力の本質的な部分がちょっと見えた。
しかし普段ふざけてアホやっているのに友人がまいっている時のサインを見逃さずに帰り道途中まで送っていこうかと自然に言えるしんのすけの昼行灯っぷりはかっこよすぎる。


■物言わぬ主人公のお話。 RPG考察モドキ
小学生のとき兄がクロノトリガーをプレイしてたときクロノの事を「むくち」と名づけていたのを思い出しました。ドラクエ1から3は主人公がまったくと言っていいほど喋らないのに、伝説の勇者たちはそれぞれのプレイヤーの脳内でどれほど雄弁だったか。

■木多康昭トークライブ_まとめ

■日本の少年漫画家のデビュー作に、ありがちな王道プロット
考えた上に、描いた!王道でも料理の仕方によって面白さは変わってくると思います。

■激動の時代をとらえた13枚の写真

駐車違反になったワイヤーフレームの車

CryENGINE2.0の3DCGと実際の風景写真とを比較する画像

Mr Toledano 「VIDEO GAMERS」

GIGAZINEより


■Babyart

■ここ数日で同窓会もどきのようなことを連続でやって自分の立ち位置を確認したようなしてないような。どうでも良いけど素晴らしい時間、それはとっても重要で、今日もそんな時間に溢れていたんだけど、なんと中古屋でwiiを見つけた。ありがとうアトム国分寺店…
ちょっとやってみただけだけど、明らかに今までのゲーム機とは違う部分で面白い所が多くて、その魅力を手に入れてようやく確認できた。ただの棒なのに、見方を変えるだけで様々なものになる。見立てだこれは。うわークリエイティブだなあ。はやく大人数でやりたい。ワリオをとりあえず買ったんだけど、wiiスポーツやゼルダはやはり抑えておくべきなんだろうか。

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by umelabo | 2007-03-15 03:34
うさぎと弓道の妄想
今週の週間少年ジャンプの新連載漫画「サムライうさぎ」がとても評判なので読んでみました。

ジャンプの新連載「サムライうさぎ」が面白い件
今年のジャンプは「うさぎ」の当たり年・・・か?
新連載「サムライうさぎ」は生き延びることができるか?

ジャンプ大体いつも立ち読みで気になる漫画をぱらぱら見る程度なのですが、今週号は買いました。「サムライうさぎ」に対する期待値をこめて。特殊な能力を持った主人公たちが活躍しまくるジャンプ連載陣の中で、真面目で努力家な宇田川伍助というキャラクターが生き残ることを祈るばかり。見栄とか体面とか関係ないまっすぐな強さを「うさぎ」っていう言葉で表現しているのは何気にとても少年誌向けなんじゃないでしょうか。淡々とした語り口、特殊な能力を持たない主人公、この魅力を壊さないで続いてくれるといいなあ。ユンボルの二の舞は勘弁だ。読みきりっぽいとか早く打ち切られそうという意見が多いけど、志乃の涙の理由を明かさせないで微妙に引っ張ってるから次週への流れは作者の中で出来ている気がする。

ところでこの「サムライうさぎ」の作者福島鉄平さんは以前(04年)のジャンプで弓道の読みきり漫画「よしっ!!」を描いていた方なんですね。(少年ジャンプ感想52号より)

弓道は高校の頃(下手なりに)三年間やっていて思い入れがあったのでこの読みきりがジャンプに載ったときは「ついにジャンプも弓道漫画か!」と一人で勝手に盛り上がってました。異常な集中力を持った主人公がゲーム以外にその能力を発揮することなく生きていたけど、弓道に出会って変わっていくという流れは自然だったし期待していたんですが。その後特に見かけることもなくひょっこりこんな形で。
弓道は中(あた)るか中らないかで結果が決まります。何百本という練習で射った本数が、本番のたった数本に結実していくシビアな競技です。努力すれば直接結果に結びつくというわけでもなく、最終的に精神的な局面で抜きん出た者が勝ち残るような不思議な競技です。そこで渦巻く人間関係とかも学校によって様々だし、それこそ漫画みたいに「強豪」な高校があったりで、あれは面白い経験でした。
福島さんは堅実に武士の漫画を描いていて弓道が題材ではないけど、もし彼が青春時代に弓道を体験した者なのだったとしたらその経験を今の漫画に生かして描けばこの漫画はただの地味な武士漫画ではなくまっすぐ少年の心の届くジュブナイル漫画となり得るんじゃないだろうかと勝手に妄想しています。

■友達とwiiを買いに武蔵小金井から新宿の中古ややらビックやらヨドバシやらぐるぐるまわったんだけどどこもかしこも売り切れで、かわりにプレステ3の売ってること売ってること。別にアマゾンで買えばいいんだけど、ちょっと高くてしゃくだしなんか不完全燃焼でふと目にとまった「塊魂」を購入。「みんなで楽しめるゲーム」wiiの代替案として買ったつもりが即日クリアするほど楽しむ。これは完全に作った人がやりたいこと全部やってしかも細かいところもきっちり合わせてある作品で若干嫉妬した。ちっちゃいものがどんどん色んなもの巻き込むよーっていう楽しいキャッチーなパーティーゲームを想像していたんだけど、もちろんそういう側面もあるんだけど、実際やってみたらしっかりと操作感やプレイヤーの熟練度が計算されていてやりこみ度もある良ゲーで、ゲーム内のキャラのレベルというよりプレイヤー自身の腕のレベルが重要で、どういう順序で巻き込んでいくかという3D空間内での土地勘がだんだん養われていく感覚が快感で新鮮でやられた。音楽も間違いなく最高。一回全部やると飽きるんだけどラストステージだけは意味もなく繰り返しやりたくなる。ただの変なキャラで終わらないでこれだけ多くの人間に評価されたのはやっぱりその地味に堅実な作りこみの部分が大きいんだと思う。見た目が面白くても中身が伴わなくては。

■R25大友克洋ロングインタビュー

■テレビゲームのジャンルが変だ

■ドラクエフォント

■ドラクエステータス作成

■ドラクエのMPをマジックポイントだと勘違いしている人たち

■ノウガミネウロ
ドラクエのドット絵モンスターを模したネウロの犯人達。かわいいしかっこいいし完成度が高いです。ネウロ好きな人のツボもわかってるなあ。電人HALに城のグラフィックを与えたのが最高だと。

■<少年ガンガンの歴史(1)創刊前夜>
「レヴァリアース」と「ドームチルドレン」の位置付けみたいなことが語られている文章は初めて見た。

■世界の変な広告いろいろ

■広告がマンガになっているクチコミック「広告物語。」

■イマジネーションを刺激される変わった広告表現いろいろ

■マイクロソフトのソーダ、その名も「Microsoft Soda」の写真
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by umelabo | 2007-03-09 02:36
毎秒無限フレームの人生

人生は神ゲーだ

人生は神ゲーなんかじゃない

突っ込みどころは色々あるかもしれないけど、人生に対してとっても前向きな上の記事が読んでいてとても面白かった。

グラフィックが綺麗すぎ。多分、無限×無限ピクセルで、毎秒無限フレームで動いてる。色も多分無限色使える。夕焼けとかマジありえねー美しさ

そもそも現実を模して作られたのがゲームで、現実に近ければ近いほど「リアルな映像」「グラフィックがきれい」と呼ばれるのに、モデルとなっている現実自体をリアルだとか神ゲーだとか評しているのはその時点で構造的におかしい。でもこの記事はその倒錯が当たり前になっているのがおもしろい。

最近はレベル上げと称してだらだらクリアを先延ばしにしている気がします。中ボスに挑むのですら及び腰。

■美少女ゲームのインタラクティブ・インターフェイス論(12)

美少女ゲームにおける場所の発見

「美少女ゲームにおける場所の発見」を読む

同じ素材なのに色や配列が違っただけで新鮮に見える

美少女ゲームについてこれだけ大量のテキストで深い考察がなされていることにまず驚いた。しかし多くのは一般人は「美少女ゲーム」が難しげな単語で語られているというだけで引いてしまってまず読まないだろうと思う。でもここで語られていること、特に「ノベルゲームの制約によって、反復される日常という風景が形作られた」 「同じ画面の繰り返しを貧しさとは捉えず、豊かさとして捉える」 という観点は最近増殖するメタ視点の物語や表現全般にたいして有効な文脈だと思うし、「ストーリー」のない映像を用いた造形表現、インスタレーション等とも決して無関係ではないと思うので気になった人には読んでほしい。

■シナリオがある/無いということと物語性

>ゲームの「ストーリー」はプレイヤーによって「確認」されるのではなく、「発見」されなければならない
>じゃんけんみたいな、ごくごく簡単なゲームでだって、ドラマは産まれる。なにげなく始めたつもりが99連勝してしまったら――
>次の一戦は、ちょっとしたドラマになる。それは、ただの偶然の積み重ねでしかない。
>(略)
>ゲームは思い通りにならない。思い通りにならないから、思い通りのドラマを見せることはできない。
>思い通りの、洗練されたドラマを見せたいならば、小説や映画こそが適している。
>小説や映画は、ストーリーを語ることで、ドラマを見せることができる。

>しかし、ストーリーを「見せ」かつドラマを「産む」ことの出来るものが存在する。

>ゲーム表現だ。ゲーム表現は、ストーリーとドラマの中間に存在し、両者のもつ利点を併せ持っている。
>コンピュータの上に産まれたゲーム表現という存在は、どちらにもなれる。ドラマを見せることもできるし、産むこともできる。
>そして、体感させながら見せることすらも、できる。

>無論、この新しい表現形式にこだわる必要はない。映画が産まれてなお、絵も音楽もそれぞれの特性を持った表現として確立している。
>同じように、ゲームもまた徹底的にゲームであることもできるし、純粋表現に近づいていくこともできるだろう。
>そして第3の道、どちらでもあるという道を極めていくことも、もちろんできる。


引用元のサイトが消滅していたのでこちらでも引用しました。
「ストーリー」がプレイヤーによって「確認」されるのではなく、「発見」されるというのは個々の読みによって物語の時間の感じ方に差異がでやすい漫画にも特に言えることなんだろう。


■8ビット時代のゲームオーバークロニクル

ファミコンのゲームでの死亡場面ばかりをつなげた映像など。8ビット時代の映像は色使いが過剰にビビットで美しい。

■セカイ系の技法と日本橋ヨヲコ前編
 セカイ系手法論~新海誠を通じて~


05年の記事なのだけど。日本橋ヨヲコ論後編はどこにあるのだろう。

■『空気系』とでも呼ぶべき作品群について。

「空気系」作品とは

魚喃キリコの「南瓜とマヨネーズ」を後輩の友人から借りて読んだのだけど、売れないミュージシャンとそれを養う女、元彼とかなんとか、そういうなんでもないありふれた物語なのに、ネームも全然普通の事を言っているのに、圧倒的に迫って来る空気感が感じられるのはコマ運びや余白の使い方が単純に優れている、ということなんだと思う。「物語全体を通した主題、テーマというものに起承転結を持たない」という「空気系」の特性と照らし合わせると、「南瓜とマヨネーズ」は物語に一応明快な起伏があるのでちょっと異なる。でも「よつばと!」とかにも共通するあるレベルまで洗練されたコマ運びの妙とかにはちょっと関係してるんじゃないかなとかも思う。

■「文化庁メディア芸術祭」受賞者シンポジウムを開催
「大神」で大賞を受賞した神谷英樹氏らが出席


■暴力的なTVゲーム、殺人につながらない=米調査

■ウェブデザインコンプレックスは克服できるか

たとえば変なことをいうが、国公立の芸大(事実上のトップ校たち)にいるからデザイン力が抜群かというと、絶対それはいえない。なぜかというと、あの受験の課程で写実的にデッサンしたりすることのウェイトが大きすぎて、デザイン力を養う方向に時間をあまり費やしていないということと、それを指導する優秀な講師陣があまりいないこと。なぜかというと、そういうデザイン力のある優秀な人は一流企業のデザイン室にいるため、芸大予備校などの講師にはいかない。いくわけがない。
西洋では、美術系の大学において古典的な技法から始まって、基礎の勉強を徹底的に教え込む。それに対して日本では、それは入試の段階で終わっているものとして、まず何も教えない。では上位の芸大に入っている者は優秀なのかというと、そうでもない。もしもそれを自分で確かめたかったら、国公立の芸大の卒業制作展を見に行けばよい。それがどれぐらいの自分とのハードルの高さの違いにあるのか、その目で確かめるのもいいかもしれない


私大の卒制も見に来てください。

■ネット配信でCDの生産額が減少した? ちょっと違うんじゃない?

■日本のSNS利用はもう限界なのか
顔写真がなんか不必要に気になる。
今現在のミクシ人口は1021万0,144人

■ネット・ゲーム続けて1週間、26歳肥満男性死亡 中国
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by umelabo | 2007-03-06 06:14
■二日にまた文化庁メディア芸術祭へ行った。なんかバイト先が池袋なので帰りに毎日のように寄っている。短編アニメ部門の上映を見た。今年は長編アニメの時かけが大賞でしたが短編は短編で相変わらず面白いです。何気に応募して引っかからなかったクチなので勉強の意味合いも含めて食い入るように見ました。ハルヒと一緒に流されるのが夢だったのだけど。

[鈴の名は]
諸藤 亨

[利根川フランケン]
黒川 琢磨

[モグラのみた夢]
高瀬 真一

[レッツゴー番長デッドオアアライブ完全版]
鈴木 専

これら四つの作品が気になった。なんか他の完成されているものより発展途中な感じがして、でも強くて、どれも訴える力が強く感じられた。特に「レッツゴー番長デッドオアアライブ完全版」はいろんな意味で衝撃だったなあ…明らかなパスの切り抜きの跡が見えてたり地面とキャラの動きでズレがあったり無駄に長かったりうざかったりするのに、これをちゃんと完成させたということになんか並みのクリエイターには到底生み出せない表現っぽい何かを感じてしまった。まいったなあ。「モグラのみた夢」は怖すぎです。この人たちの名はとりあえず覚えておこう…

今日は時かけの監督細田守のシンポジウムが聞けるというのでワクテカしながら行ったのだけど一時間前では整理券にまったく届かず見られず。残念無念。細田ファンの方たちは何時くらいから整理券をとりに東写美に行ってたんでしょう…とほ。

以下完全にメモ

■のび太の名言集

■有名企業90社のロゴが持つ意味がよくわかる『Logo Design History』

■YouTubeのムービーを組み合わせてWiiで見られる動画サービス「gdgd.tv」

■Julie Blackmon
写真家

■ヤンデレの俯瞰図

■erika svensson
写真家
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by umelabo | 2007-03-04 01:13
臨界融合周波数という響き
■フリッカー融合

「点滅を感知できなくなる限界の周波数」を,「臨界融合周波数」 (critical fusion frequency; CFF) あるいは「フリッカー融合閾値」 (flicker fusion threshold) と呼ぶ。この周波数は光源の明るさによって変化する性質があって,だいたい 30 Hz から 60 Hz の間で変化する。
このフリッカー融合の現象は,映画の原理の説明にも使われる。映画は,画像を途切れなくスクリーンに映しているわけではない。コマ(フレーム)を入れ替える瞬間にいったん映像を遮断しなければならない。この「映像を遮断する頻度」が臨界融合周波数(以下 CFF と略する)よりも低いと,遮断の際に発生する暗転が,人の目に「ちらつき」(フリッカー)として感知されてしまう。 CFF よりも高ければ,暗転は人の目に感知されず,連続した映像として認識されるようになる。


映像に関する基本的で最重要な要素、「フリッカー」に関する考察。「蛍光灯」という身近にあるものから話を進めているのが面白い。
映画とかアニメとか呼ばれるものは全部連続した静止画からなっていて、連続して見せられているから動いて見えるんだという当たり前の認識はすごく重要だ。それは錯覚に過ぎないけど錯覚だからこんなに没入できる。フィルム映画は一秒間に24フレーム、デジタルに属する映像は一秒間に30フレーム。それがフィルムを介して映し出されたスクリーンであろうがモニタ上のイメージであろうが、決められた時間軸の中で何千枚何万枚の静止画を見せられて架空の世界、物語や空間を体験できる事には変わりない。この幸せな錯覚は没入すれば気狂いかと思われるほど没入できて、映画狂と呼ばれる人は一日に三本とか四本とか映画を見るんだというから対したものだ。

ところで漫画は一秒間に何フレームとかは決まっていない。コマが大きさばらばらにページに配置されて読む人が好きなスピードで読める。映画と違って時間軸が固定されていない。だから漫画は映画よりも時間軸の支配権が受け手側にあると言える。大好きなキャラのふとした瞬間のかっこいい表情を何時間眺めていても良いし、セリフで埋め尽くされた何時間にも及ぶ会議のシーンを一瞬で読み飛ばしてもいい。
時間だけでなく、漫画の形体はどこでも読めるという点で受け手の場所を選ばない自由な空間性も持っている。机の上で読むこともできれば風呂上りやトイレ、枕元などどこでも読める。大好きな漫画の新刊を買った学校の帰り道、読むのが待ちきれないで自転車に乗りながら袋から出してチラチラ見ることもできる。多分事故るけど。

漫画の持つ時間と空間の自由さはとっても魅力的で映画にはないものだ。でも映画の魅力というのは連続した静止画による錯覚と固定された時間軸、映画館という固定空間などに寄るところも大きくてどちらが優れているとかはもちろん重要ではなくって、映画や映像の性質が最近変化していることが着目するべき事なんだと思う。

やっぱり象徴的なのがYouTubeで、ビデオのように時間軸を自由に左右して見たいところを見れたり、iPodや携帯にyoutubeの映像を入れてどこでも見られたりするのは映像が時間と空間を選ばない自由さを求めているんじゃないかなと感じさせる。そういうのは漫画がもともと兼ね備えていた要素で、昨今溢れているメディアミックスというものとも無関係じゃないんじゃないだろか。

漫画のフレームは一秒に何枚とかじゃなくて各受け手に委ねられる無限時間なんだ、コマの間の余白は宇宙なんだ見たいな事を書くつもりが、なんかずれた。また今度。



■アドビ、「Photoshop」をウェブアプリ化へ--無償版として提供予定
これは素晴らしい判断じゃないでしょうか。ますます不特定多数の人間誰もが画像加工が容易になって技術の底上げがなされる。Cabosで落として使われるより明確な目的があって無償公開されるほうが絶対クリエイターみたいな人達にとって有益なはず。これでオープンソースになってちょっと知識ある人なら誰でも機能がいじられるようになればweb2.0ですか。

■「デジタル時代に生き残ることはできるのか」--コミックの未来を考える
デジタルである意味のある漫画というのはまだほとんどなと思うのでこれからの成熟に期待したいです。

■色の力について
毎回興味深い写真に対する考察を示してくれる内原恭彦さんのweb連載記事。洗練されていない鮮やかな色ばかりがごちゃごちゃと混在する街中の広告はアジアや日本特有のうるささだけど、そこになんとなく愛着を覚えるというのはすごく共感できる。北欧の美しい家具や無駄を省いたAppleの製品というのにも憧れるけど、windowsのかっこよくなろうとしてかっこよくなってない感じのデザインがやっぱり落ち着く、みたいな感じ。

■ナナイロエンピツ
これはかわいい!うまい!ウラモトユウコさんのイラストサイト。最新作の「48」が素晴らしいです
こんなにかわいい絵柄で組み立て体操風に四十八手を解説してくれるんだからもう、こりゃ嫉妬だ。

シャブ壱inDEEPで知る。

■子供の名付け(命名)DQN度ランキング
ほとんどネタだろうけどこの中のいくつかは本当に名づけられてるんだと思うと不憫すぎる。名前に凝るのはいいけど大切なことを見失うと一生に左右する。

■心象殺伐@2ch
馴れ合いというのはないほうが確かに情報伝達が早い。でもちょっとした気の利いた言葉もほしくなるのが人情だと思う。

■幼児と討論! 悟空とベジータ、どっちが「悪い父」?

米日系ストアで日本オタクと仲良くなろう

しずかちゃんのホントの人気の秘訣を探る

だいぶ前のものだけど、exsiteニュースのカテゴリのなかの「exsite bit」は若干暴走気味な記事が多くて非常に面白いです。悟空の行動は一部で「人として思いやりにかける」などの意見があるのは事実。

■魔人探偵脳噛ネウロ×ピンキーストリート
ほしい。
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by umelabo | 2007-03-02 01:12


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